独り言の 部屋

風邪引いた

普段、まったくといって、親と連絡を取り合っていない私も、調子が悪いときは、親に電話をしたくなる。

んでも、自分に家族が出来てからは、、熱でやられちゃったカラダも、息子や、娘の体温で、親に電話をしなくても大丈夫になってきた。

そんな 私も、、

本当の本当に調子が悪くなると、話したく人がいる。

話したいけど、話せない人。

もう3年・・いや、まだ3年・・
毎日、話をしていた分だけ、この3年は、短いようでも、長く感じる。


何故だか、息があって、毎日一緒にいるようになって、毎日話していた。
知り合って、2年くらいは、毎日一緒にいたし、子供が出来ても、合う回数が減っても、毎日話していた。多分、親よりも、今の家族よりも、私よりも、、、、私の事をしってると思う。


自分のことのように、私の事で、怒ってくれて、涙してくれた人だ。

よくネタで、私の経験した人も、私忘れちゃってるのに、お前は覚えてるんだよねと、大笑いした。そう考えると、自分じゃない人の事を覚えているっていうのは、相当の事だと思う。

占いをしても、頼んでないのに、私のことも占って、当たってるねと、嫌な部分だけ教えてくれた。相当暇なんだね。ううん、今なら、思える・・相当、気にかけてくれていたんだね。


その人は、ここ3年くらい、何がキッカケか判らないけど、多分、ほんと些細な行き違いなんろうけど、ピタと関係が絶った。

一生、ツルんでいるんだろうな・って思っていたから、今のこの状況が意味が判らない。
喧嘩しても、悪口をいっても、結局は、仲直りしたし、むしろ、喧嘩するほど、仲良くなっていった。

最初の、半年は、きっと、すぐ仲直りするんだろうな・・と思っていたし、
1年経過して、また、ひょんなことで、復活するんだろうな・・と思っていたし、

1年半、2年と経過して、これは、まじでヤバイんじゃない?と思い出したけど、
イジになって連絡を取れなかった。

仲が良すぎたら、、反面、家族のように思って、甘えていたのかもしれない。
自分からは折れたくないし、きっと 向うもそう思ってるんだと思うと思っていた。

むしろ、半分、終るなら終るでしょうがないと思っていたのかもしれない。

ただ、決定的になる大喧嘩したという記憶がない。

まだ、大喧嘩をしたのなら、理由がはっきりしてるから、悪いところは、直せるし、嫌な部分は指摘が出来るのだろうけど、、許せる部分も許せない部分も その時は、麻痺していたのだろう。

いや、判っていたけど、、

その人が、何が1番、悲しくて、何が1番、嫌だということを・・
失う淋しさよりも、その関係を失しなわなくて済むという「最低限の他人との繋がりのルール」を私は、判っていながら、しなかったのだと思う。

だから、距離を置かれた。

自分からも、距離を置いた。

判っていたのに、しなかった理由はわからない。
自分にとって些細なことが、人にとって重大だってことを。


最後らしき電話も曖昧で、、きっと、なんだかんだいっても、すぐいつものように、馬鹿話しをキッカケに元に戻ると鷹をくくっていた。



いつものように、何してる?と電話をしたいけど、電話をかけられないまま、3年がたった。

電話をかけるとか、メールをするとか、偶然行きそうなところを行こうと思ったけど、、
すごく簡単なんだけど、やらなかった。

やらなかった訳じゃなく、出来なかった。

拒否をされるのが怖かったのだと思う。
無視されるのが、怖かったのかもしれない。

いや、もう、無関係だよ。って思い知るのが嫌だったのかもしれない。


なんでもない友人達のように、たととえば、久しぶりにあって、よそよそしくなれるのも、
平気だけど、その人には、されたくなかった。




こうして、調子が悪いと、思い出す。

「病気のフリして心配してもらいたのかー?」と、軽くいって元気づけて欲しい。

「ほんと、私しか本気で心配しないんだから私を大事にしろよ」と、頭にこさせて欲しい。


なんか判らないけど、声が聞きたい。

また話したら、頭にくるのかもしれないけど、、

また、笑って話したい。



人は、調子が悪いと、素直になれる生き物だと痛感した夜。
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by xxjunexxx | 2007-11-25 19:16
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もくもくと、ボヤいてます。
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